2009年11月25日

008・暴風雪の白い闇

Bookfile regen・004
『暴風雪』
□佐々木譲
□新潮社/2009.2.20 本文403p/1,700円+税 ISBN978-4-10-455507-9-C0093 

 佐々木譲さんの「道警シリーズ・派出所篇」のハードボイルドな1本。
 この人の作品は好きで、デビュー前から好き(ってアリだろうか?)。本格的に読み始めたのは、星雲賞など一挙三本受賞の頃だから1980年代終わりだと思う。北海道のご出身で、執筆期間中は山荘に篭られると聞いていたが、いまでもそうなのだろうか? 編集者時代、先輩の友人という方のご紹介で、ご一緒にお仕事させていただいたことがあり、その頃から硬派でリズム感のよい筆致と、ハードボイルドでありながらなんともいえない優しさを残す読後感が好きで、彼の作品だけは文庫化を待ちきれずすぐに単行本を購入する数少ない作家さんの一人である。

 最近、“警察小説”という新しいジャンルがミステリの中に定着しつつあるようだ。警察を一つの社会と捉え、ハードボイルドなスター刑事が活躍するのではなく、その中で人間関係や縦社会・横社会の糸に絡められながら、事件を解決していく。一方で人間ドラマなのは最近のミステリの一つの特徴だが、この、等身大を感じさせる背景づくりにおいてのリアリティは、最近の著者のシリーズの一つの特徴のようにも思える。実際、このジャンルを開拓した/担う一人である。
 「中でも大規模な不正を出して組織自体が揺らいだ道警」というストーリーを組み上げ、それをベースに数々の作品を生み出した。川久保篤という元刑事の派出所巡査を核とした『制服捜査』は、地域性をもう一つの軸にとった秀逸な短編集だったが、この『暴風雪』は、ミステリー性とエンターテインメント性をもう少し強めた長編。その続編に当たるといっていいだろうか。様々な事件があちこちで起こる。それが暴風雪と呼ばれるこの地方独特の気象に遮られ/阻まれ/助長される、という設定がまずワクワクする。
 白い闇。山の中でなくとも、街で、村で起こる当たり前の気象現象の前に、人々はそれと共存して暮らしてきた。だが、その特定の日に、様々な事件が起こり、その当事者たちは一つのペンションに偶然集まることになる。逃げ道を雪で塞がれ、自分の過ちを断ち切ろうとして、何も知らず罪なきまま、家庭の問題を抱えて…様々な人たちが。そこへ一人の巡査が、いや一人の巡査しか、いない。隔絶された雪の中で。…とくれば、ミステリー常套の“出入りのできない山荘”状態が出来上がるというわけだ。
 ただそれがミステリー的遊びにならないのは、巡査のそういう時の日常が細かく描かれ、そうして無線でやり取りする地域の本庁や、本部とのやり取りが飛び込んでくるからだろう。

 分厚い本なのですがね。一気読み。視点はいくつも移り変わり、それぞれの登場人物たちがそれぞれ起こす事件、陥る状況が描き出される。どれにも共感を持て、どれにもその人の物語があると感じる。そうして川久保巡査は、その間を話を聞き、本部の指示に従ってミニパトを走らせながらも職分の中で振舞う。数メートルも歩けないという吹雪の中、ヒーローになって駆けつけるわけにもいかず、ペンションの人々は孤立する。だが、そこにもコミュニティはあり、人間関係が描かれ、それは素っ頓狂なものではない、起こり得そうな日常。

 しかしこの暴風雪、というものの実態の描写が臨場感を与えている。事件そのものよりも自然の脅威。地元の農家、除雪契約業者、よそ者、隣街の人、現地2年目の駐在さん。それぞれの見方や捉え方で。どこに吹き溜まりが出来、どこが最初に通れなくなるか。それが、この物語を横軸で貫く一つの強盗殺人事件を左右する。
 ペンションの密室ぶりも秀逸。完全な密室ではなく、暴風が収まれば通じる道。除雪の設備もある。ただしボイラーが故障している。逆にいえばこのボイラーが故障していなかったら事態はもっと複雑になっていただろう。人の命ももう少し失われていたかもしれない。

 いくつもの人間関係が絡まる中、幸せを得られそうな実直なトラック運転手と若い娘のカップル、そうして道を過ちそうになりながら土壇場で踏みとどまる機会を得た主婦、一つの問題を超えたペンションのオーナー夫妻。少しずつズレの加わった「次の日」を迎える結末が、優しい。
 そうして吹雪の中、何人かが銃弾に、また雪に倒れる。最後に主人公・川久保巡査がペンション付近にたどり着いた時、彼は容赦しない。このあたりがハードボイルドの旗手でもある著者の筆致だろう。

 物語は完全な解決はしない。未知の部分を残しながら、豪雪の翌朝のような、ある種のくぐもった明るさ、だがホッとした想いを残す。私はこの人の作品の、このなんともいえない読後感がとても好きだ。実直な元刑事のお巡りさん。彼の話はまだ続けて読めそうな気がする。[雨]


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2009年11月17日

006・私はまだ世界の“こちら側”にいる

Bookfile regen・002
『ドント・ストップ・ザ・ダンス』
□柴田よしき
□実業之日本社/2009.7月 本文450p/1,785円+税 ISBN978-4-408-53552-4 
書籍紹介page>書籍>2009年7月17日発売分

 柴田よしきに惹かれたのは『聖母(マドンナ)の深き渕』を読んだからで、もう10年以上も前になるか。当時この筆致は衝撃的で、一種のミステリとはいえ、こんな女刑事像は初めて見たように思ったからだ。一人の女として体当たり、というよりも、攻める側ではなく、踏みつけられる側の性を抱えた女として、主人公・RIKOが犯人を追い詰めていく過程が語られる。
 その作品に登場する刑事(現在は私立探偵)・麻生龍太郎に惚れてしまってだいぶんになる。最初はその運命の相手である山内練に惹かれ、またこの練に惹かれる読者は多いと聞く。内容や設定からJUNE的・耽美系・BL好きにも読まれ、読者層がちょっと違うような気もするのだが。…一連の「山内練もの」「村上理子もの」は、社会の暗部と警察という社会、人の内面を描く重いが深い作品群だが、今回、手に取ったコレは一転して、明るい『花咲慎一郎シリーズ』である。

            ・・・
 長い前振り(笑)。その理由は、今回、この新刊を探すにあたってショックだったのは、“発行部数が少ない”ということである。最初に読んだ『聖母の深き淵』の時は、重いテーマだし手法が独特だし、またあまりに文章の力がある人なので、なかなかベストセラーというわけにはいかないだろう、と思っていただ。だけど今は。人気作家だと思うし、どこの書店に行っても「著者別」の棚に名がある。
 ところが近所の書店には入荷しませんだし、わずか発行1か月で近所中の書店から消えた。…要するにそういう扱い!? これほどの人でもか、という、作品の内容とは別のショックを受けたというわけだ。
 結局、“Amazon.買い”に落ち着き、読むことができ…。

 前述したように、この作品は、女刑事・村上理子−元警部補・麻生龍太郎−広域指定ヤクザ春日組若頭・山内練と、それにまつわる人たちを取り巻く人間関係の作品群に含まれる。主人公・花咲慎一郎は、新宿の繁華街ど真ん中にある無認可保育園の園長で、その園長を続け生存するための借金の返済に私立探偵を続けている。麻薬捜査で失敗した元同僚を射殺して刑事をやめた元警官。そして山内の部下で彼に心酔する警察の同期・斉藤や、秘書でTGだった長谷川環、そうして練自身も自分が統括する闇の世界をチラつかせて登場するのである。
 此処は、本編世界で熾烈な戦いを繰り広げる正義と闇の戦場ではない。その真っ只中にあって、小さな城壁に囲われた脆い島。その中にはまた正義も悪もあり、貧困と差別、社会の問題が吹き溜まりのように園児たちの父兄や自身を襲い、園長・花ちゃんに降りかかる。

 山内練の物語を読みたくて手を出したシリーズだったが、彼は此処では影に徹し、残酷なヤクザであることを示しながらも直接自身にかかわりのあるところまで踏み込まない。花ちゃんを“オモチャ”にし、体よく振り回すことで鬱憤を晴らしつつ、恩ある人への良心をまっとうしようとする。
 自身が闇に落ちながら泥沼の中、先が見えないまま続いていく麻生と山内の糸。それとは別に、この作品全体が“救い”なのだと私は読む。なぜなら、同じ境遇に落ちながら、花ちゃんはまだ“こちら側の住人”なのだ。闇に寄り添われながらも、光ある場所に居続けようとし、その矜持を自身も持ちながら、回りも何とか保たせようとしてくれる。それが闇の世界に半身を置いている者たちすらも。
 園児たち。それを救いに、貧乏性で実は熱血の園長さんは行く。そういう話。

 この話は園児の父が突然、事故に遭って意識不明になり、園児が不遇の中取り残される処から始まる。犯人を見つけ、なんとかしなければ、借金で花ちゃんもオダブツ。園もダメになり、また誰かが死ぬだろう。
 謎は謎を深め、この分厚い本が後半になると一気に読めてしまう。
 解決の方法は、ミステリとして論争すれば論議になるかもしれないが。それでも、花ちゃんは、花ちゃんたちは、“これでいい”のだ。
 Don't stop the Dance. 花ちゃんだけでなく。歌舞伎町に生きる、彼らが、強く、優しく逞しく。…そして今回はわずかだが、このシリーズに見え隠れしているのは外国人労働者に対する子らの問題点。エンターテインメントでありながら小説として上質で、ぼちぼちと発表されるこのシリーズを、ずっと楽しみにしていたい。 [雨]



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2009年11月06日

003・パティスリーに込められた願いと失意

Bookfile aya・001
『蜜蜂のデザート』
□拓未 司
□宝島社/2008.12.17. 本文384p/1400円 ISBN 978-4-7966-6714-2

 第6回(たぶん2007年)「このミス」大賞受賞作家作品(らしい)。“このミス”ってのは『このミステリーがすごい!』という賞のギョーカイ(?)用語だが、『チーム・バチスタ…』の海堂尊で知られるようになったかな? である。本作は同作家の2作目。『禁断のパンダ』が第1作で、この本を薦めてくれた某翻訳家は、「1作目から読んだ方がい〜よ」と言ったが、それを無視して、「とりあえず目の前にあったものを」手に取った。部数の少ないコミックや雑誌などを買い慣れてしまうと、「ともかくあったら確保しておく」のがクセになってしまっていたりする。現在、ベストセラー入りしそうな作家単行本に、それはない、と思うけど(^_^;)。とりあえず、読みやすそうだったし。装丁の蜜蜂のイラストと蜂蜜色がとても美味しそうだったんだもん。

         ・・・
 まずは、お食事中の方はもちろん、食前・食後・おやつ中の皆様もプロローグと第一章は読まない方がいいです(^_^;)。…なんて言うと、ネタが割れたり、気持ち悪くなる方もいらっしゃるでしょうが。ミステリってだいたいが“ヒトゴロシの話”ですよねぇ。死体がなんぼ。
 ところで、この話は殺人事件が(当初は)起こりません。全然起こらないままでもなかなか良い話やんけ、と思いながら読み進めていましたら、残念ながら、最後の最後で起こりました。でもね、その起こり方が面白いですね。−−事件を解決に導くために、事態を収拾させるために起こった。そんな感じがしました。
 だから作中で、殺人事件はメインテーマではないっす。

 それと、関西人・・・いや少なくともフォッサマグナから西の方にお住まいの方には、非常に面白く読めると思います。文章もテンポも、えっらい読みやすいです。しかしどうでしょうねぇ? 標準語圏の方は、客観的に面白いと思われるのか、反感持たれるか!? そういう“作り込み”を面白いと思われる方なら、それもまた楽しまれるかもしれませんが。

 作者がもともとシェフ=本職なんですよね。最近、そういう作家さんが増えたような気がします。増えたというか、「あぁそうか、自分が(奥の奥まで)知ってるジャンルでは、もっとこんな面白いネタがあるのに」。そう開き直れるように(世の中が)なったのか。
 おそらくこのひとが主人公だろうシェフ・柴山。本人が出てくるまでが長い(^_^;)のですけども、同時に刑事さんらしき人も飯を食いに来たりする。関係者がそこまでに全員出ているので、軽いタッチに書かれていた“グルメもの(?)”の様子は呈していても、きちんとミステリのフォーマットどおりだったりもする。

 怪しいと疑い始めれば、みんな怪しい。謎解きを考えると、最初にネタバレしちゃってるので、これは「フー・ダニット」のふりをした「ホワイ・ダニット」と「ハウ・ダニット」だ。犯人発見に至るまでの二転三転はもとより、脇役(?)で出てくる若き天才パティシェ・坂本、ベテランの名パティシェ・柿田の人生の変転や生き様も興味を引く。もちろんフレンチの名シェフ・芝山の、料理や食に対するこだわりが、けっこう胸をつく。私はこういうのに弱かったりします。

 テンポが良いので一気に読めるし、後半は(良いミステリにありがちなことに)寝不足を押しても読んでしまう面白さだった。読み終えた途端、1作目を買いに行こうと思っているわけだから、まぁ人により好き嫌いはある筆致だけれど、私は、面白かった。
 なににせよ、そのジャンルに人生ある時期没頭したことのある人の描くその世界には深みがある。いや、それだから良い、というのではなく、それを描き出すことができることに、作家としての意義があるな、と思うわけです。では。…1本目が食い物かい、トホホ。[綾]



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